映画『ルノワール』は面白い?つまらない?正直レビュー|不穏な結末と11歳の少女が見た「大人の闇」

映画『ルノワール』は面白い?つまらない?正直レビュー|不穏な結末と11歳の少女が見た「大人の闇」 映画

🎬 ひとことで言うと

シネくま
シネくま

「11歳の少女が大人の闇に触れてしまう不穏な物語。優しさに見えた大人が、少しずつ怖くなる。」


結論:映画『ルノワール』は面白い?つまらない?

カンヌに出品された箔はある。だがこれは、エンタメとして観てはいけない映画だ。

🚫 1 / 10
★☆☆☆☆☆☆☆☆☆

視聴非推奨:大人の歪みに子供が飲み込まれる、救いなき不穏劇

物語は、癌で闘病中の父と仕事に追われる母の間で居場所を失った少女の日常を、断片的に積み重ねていく。

起承転結はなく、明確な答えも提示されない。監督自身が「言葉で説明できない映画を撮った」と語るように、これは意図的な設計だ。

問題は、その「言葉にならない何か」が最後まで見ている側に届かないことだ。

伝言ダイヤルで知り合った大学生との危うい交流、母の不倫、父の死——どれも「感触」として積み上がるだけで、観る側が感情を整理する余白をほとんど与えない。

鑑賞後に残るのは重苦しい不快感だけで、「もう一度観たい」とはなりにくい。カンヌが評価した理由は理解できても、それが「面白い映画」であることとは別の話だ。

▶ Prime Videoで視聴する

※本ページはプロモーションを含みます。

基本情報

配信Amazon Prime Video(独占見放題配信)
公開/放送開始2025年6月20日(劇場公開)
上映時間121分
ジャンルヒューマンドラマ

あらすじと作品の特徴(ネタバレなし)

舞台は1987年、バブル景気に沸く東京郊外のある夏。小学5年生の沖田フキは、末期癌で入退院を繰り返す父と、管理職で多忙な母の3人暮らし。感受性と想像力が人一倍豊かなフキは、超能力やテレパシーに強い関心を持ちながら、自由気ままに夏休みを過ごしていた。

そんなフキがある日手にしたのが「伝言ダイヤル」のチラシ。電話をかけると、大学で心理学を専攻していると名乗る薫と知り合う。最初は好奇心から始まった交流だったが、二人の距離が縮まるにつれて、その関係はどこか異様な色を帯び始める。

同じマンションに住む若い女性・久里子の部屋に上がり込んだり、英語教室の教師の複雑な事情を覗き見たりと、フキは無防備なまま大人の世界に踏み込んでいく。

タイトルの「ルノワール」はフランス印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの絵画「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」に由来し、劇中でフキが惹かれる複製画が重要なモチーフとして機能している。早川千絵監督自身も幼少期に父から同じ絵の複製画を贈られた経験があり、監督の記憶と感情の断片が色濃く投影された私的な作品でもある。

監督・脚本を早川千絵が手がけ、主演の鈴木唯をはじめ、石田ひかり、リリー・フランキー、中島歩、河合優実、坂東龍汰が出演している。

正直レビュー:ここが良かった・悪かった

良かった点:人間の多面性を描くリアリティと、80年代の空気の精度

  • 坂東龍汰の「善意と危険の境界線」という怪演坂東龍汰が演じる薫は「悪人」として描かれていない。心理学を専攻する大学生という設定が、フキへの接近に「知的な理解者」としての正当性を与えるように見える構造が不気味だ。善意なのか下心なのかが最後まで判然としないその曖昧さが、観る者の生理的な違和感を刺激し続ける。
  • 1987年・バブル期の空気感の再現精度YMOの「ライディーン」で踊るフキ、ユリ・ゲラーやMr.マリックへの熱狂、伝言ダイヤルのチラシ、郊外の団地の空気感——当時を知る世代には強いノスタルジーが込み上げてくる。知らない世代にとっても「どこか懐かしい」と感じさせる美術のバランスが巧みで、時代を「説明」せずに「体感」させる設計になっている。

気になった点:観る者を置き去りにする設計と、救いのなさの重さ

  • 物語の快感を意図的に排除した構造早川千絵監督自身が「前作は理屈で語れてしまう映画だったので、今回ははっきり言葉で説明できない映画を撮った」と語るように、映画『ルノワール』に起承転結はない。断片的なシーンの連続で、映画としての快感が著しく欠如している。その意図がわからなければ、ただ「何も起きなかった」という印象しか残らない。
  • 誰も救われないまま積み重なる不快感の重さ登場する大人たちの身勝手な振る舞いが強調されており、鑑賞中ずっと重苦しい不快感が続く。精神的な疲労感が大きく、「もう一度観たい」とはなりにくい作品だ。エンタメとして観るとほぼ全員が裏切られる点は、正直に伝えておく必要がある。

向いている人・向いていない人の特徴

向いている人

✅ 向いている人
  • 言葉にできない「不穏な空気感」を映画体験として楽しめる方
  • 坂東龍汰の怪演や、人間の心の闇を直視したい方
  • 1980年代後半のレトロで閉塞的な空気感が好きな方

向いていない人

✗ 向いていない人
  • 映画に感動や明快な結末を求める方
  • 子供が過酷な状況に置かれる描写に強い抵抗がある方
  • 論理的で分かりやすいストーリー構成を好む方

深掘り考察:映画『ルノワール』フキが見つめた幻想とにおいの正体

タイトル「ルノワール」が隠す二重の意味

画家ルノワールの代表作「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」は、当時8歳の少女を描いた肖像画で、愛らしさと憂いを同時にたたえたその表情から「可愛いイレーヌ」とも呼ばれ、スイス・チューリッヒ美術館に所蔵されている。

フキがこの絵の複製画を病院のロビーで見つけ、「自分と似ている」と感じて自室に飾る場面は、映画の核心に触れている。イレーヌは幼くして大人の視線に晒された少女であり、フキもまた無防備なまま大人の欲望や孤独の視線を受け続ける存在として重なる。

タイトルには「美しく描かれた少女」という表の意味と、「その美しさの裏に何かが潜んでいる」という二重の含意がある。さらに言えば、監督自身が幼少期に父から同じ複製画を贈られた経験を持つ。映画『ルノワール』は早川千絵が「11歳の自分」へ向けて書いた手紙のような作品であり、フキ=イレーヌ=幼少期の監督という三重の重なりが、タイトルひとつに静かに込められている。

フキの「覗き見る」行為が告発するもの

フキは映画を通じて、大人の世界を「覗き見る」側にいる。母と英語教師のただならぬ関係、マンションの女性の孤独な夜、伝言ダイヤルの向こうにいる薫の危うさ——フキはそれらを「意味として」ではなく「感触として」受け取っている。

子供の認知というのは、こういうものではないかと思う。11歳はまだ大人の不倫を「不倫」とは理解しない。それでも「何かがおかしい」という違和感だけは、言葉より先に体が受け取っている。

フキが母の不倫相手の車のまわりを自転車でぐるぐると回り続けるシーンは、まさにその「言語化できない違和感の発露」として刺さってくる。映画『ルノワール』が静かに問いかけているのは、大人たちの行為そのものよりも、「子供は何もわかっていない」という大人側の思い込みへの批判かもしれない。フキはすべてを見ている。ただ言葉にしないだけで。

坂東龍汰が演じた「薫」の不穏さの正体

伝言ダイヤルに「小5です」とメッセージを残したフキに接触してきた薫(坂東龍汰)は、大学で心理学を専攻していると名乗る。「心理学」という言葉が、フキへの接近に「理解者」としての正当性を与えるように見えてしまうのが、このシーンのいちばん不気味なところだろう。

薫のシーンが他のシーンと比べて「作り物臭い」と感じる人が多いのは、おそらくこのシーンだけが「大人側の視点」から描かれているからではないかと思う。フキのフィルターを通さず、薫の行動が直接映されることで、見ている側は「これは危ない」と先に気づいてしまう。しかしフキ本人はまだその危険を「感触」としてしか受け取っていない。

私たちが知っていてフキが知らない——この非対称性こそが、見ていて落ち着かなくなる不快感の根にある。薫に悪意があるのか、それとも単に孤独なだけなのか。それが最後まで明示されないことで、不穏さは説明できない形のまま残り続ける。

冒頭の悪夢とラストのパーティー船——フキの「夢」が描く成長の軌跡

映画『ルノワール』は、冒頭からフキが世界中の子供たちが泣き続けるビデオを静かに見つめるシーンで始まる。笑わず、泣かず、ただ画面を見つめるフキの表情には、この夏がどういう夏になるかを予感させる不穏な重さがある。

対してラスト近く、フキが見るのはきらびやかなパーティー船の夢だ。デッキに立ち、眩しそうに笑うフキの姿は、映画全体を通じて最も「子供らしい」瞬間として際立っている。おそらくこれは、父の死を受け入れ、母との関係を取り戻したフキがはじめて見られるようになった夢ではないかと思う。

大人の世界を覗き見るうちに少しずつ削られていたフキの「子供の時間」が、このパーティー船の夢の中だけで取り戻されている。泣き続ける子供たちのビデオからパーティー船へ——この対比だけで、フキがこの夏に何かをくぐり抜けたことが静かに伝わってくる。

ラストの列車シーンと父の死が意味するもの

終盤、フキと母は列車の対面ボックスシートに座り、病室で父とやっていた「念力トランプ当て」の遊びを二人でやり直す。お互いの手を握り合い、引いたカードの念を送り合う。一度目は失敗したが、二度目、母はカードを正しく当てる。

リリー・フランキーが演じる父は、この時点ですでに亡くなっていると考えるのが自然だろう。フキが夢か妄想の中で、健康的な顔色の父に背負われ、タオルで頭をわしゃわしゃと拭いてもらうシーンがある。あれはおそらく「もう戻らない父」との最後の別れであり、フキがそれをどこかで受け入れた瞬間として機能している。

父を失った母と娘が、父との思い出の遊びを二人でやり直す——このラストが静かに示しているのは「喪失からの再出発」ではないかと思う。大人の世界に無防備に踏み込み続けたフキが、最後に母と手を繋いで「念」を送り合う。派手な救済ではなく、ただ「隣にいる」という事実だけが、この映画が差し出す唯一の光として残る。

総評:観るべきか迷っている方へ

映画『ルノワール』は、美しい「絵画」になろうとしてなれなかった、ある家族の崩壊と継続の記録です。

11歳のフキが見つめる危うい世界にハラハラし、大人の卑劣さに嫌悪感を抱く。それは、子供の視点を卒業し健全な拒絶反応を持つ成熟した大人になれた証拠なのかもしれません。

どんなに深読みをしても、つまらないものはつまらない。その直感を信じることが、本作に対する最も誠実な向き合い方であると感じます。

STREAMING

本作品はAmazon Prime Videoで独占配信中。
プライム会員は追加料金なしで視聴可能です。

Amazon Prime Videoで視聴する

※配信状況は変更される場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。

みんなの感想・考察

タイトルとURLをコピーしました