🎬 ひとことで言うと

「殺人計画を立てているはずなのに、なぜか打ち合わせ場所の選定から始まる——バカリズムにしか書けない、脱力と緊張が同居するサスペンスコメディ」
結論:ドラマ『殺意の道程』は面白い?つまらない?
「復讐」というシリアスな動機を持ちながら、普通のドラマが省略する部分だけを延々と描く——この発想だけで7話見せ切ってしまうのは、さすがバカリズム。
バカリズムの笑いのツボが合えば一気見必至。サスペンスとして観ると肩透かしをくらうが、コメディとして観れば完成度は高い
バカリズムが「普通のサスペンスで省略される部分だけを描く」という発想で書いた本作。
打ち合わせ場所・凶器の選定・コードネームの命名といった「本筋ではない部分」に全力を注ぐ構成で、その徹底ぶりが笑いになっています。
正直、苺フェアという名前が出た瞬間にこのドラマの空気が決まった気がします。この「どうでもいいことに真剣な二人」の空気がハマるかどうかで、評価はかなり分かれる作品です。
バカリズムワールドに乗れる人には7話があっという間に終わる体験になります。
▶ Prime Videoで視聴する※本ページはプロモーションを含みます。
基本情報
| 配信 | Amazon Prime Video ほか |
|---|---|
| 公開/放送開始 | 2020年11月9日(放送開始) |
| 話数 | 全7話 |
| ジャンル | サスペンスコメディ、ミステリー |
あらすじと作品の特徴(ネタバレなし)
住田崇監督、バカリズム脚本。WOWOWプライムにて2020年11月放送・全7話。音楽:大間々昂。
ある小さな段ボール加工会社の社長・窪田貴樹(日野陽仁)が、取引先の社長・室岡義之(鶴見辰吾)の口車に乗せられ、多額の負債を抱えて会社を倒産。すべてを失い絶望した貴樹はビルの屋上から投身した。
遺族の訴えも虚しく、のうのうと裕福に暮らす室岡に復讐を誓った貴樹の息子・窪田一馬(井浦新)は、いとこの吾妻満(バカリズム)とともに室岡の完全犯罪を計画する。
キャバクラ嬢のこのは(堀田真由)と親友のゆずき(佐久間由衣)の協力を得ながら、人生初の殺人計画「苺フェア」を進めていくが——。
正直レビュー:ここが良かった・悪かった
良かった点:脱力感と真剣さが同居する唯一無二の空気
- 「省略される部分」だけを描くという発想の鮮やかさ普通のサスペンスドラマが「尺の都合でカット」する準備シーンを、このドラマはわざわざ一番丁寧に描く。その「どうでもいい真剣さ」が笑いの源泉になっており、見ているうちに「この二人は本当に人を殺せるのか」という問いがじわじわ浮かび上がってくる構造になっています。
- 井浦新とバカリズムの「噛み合わなさ」が絶妙シリアスで真面目な一馬(井浦新)と、どこかズレた発想を持つ満(バカリズム)の二人のやり取りは、漫才的な構造を持ちながら自然な会話として成立しています。「抜けてる井浦新」という新鮮な一面が見られるのも本作の強みで、堀田真由演じるこのはの「殺人に詳しすぎるキャバ嬢」という佇まいも絶妙にはまっています。
気になった点:中盤のテンポと、サスペンスとしての物足りなさ
- 中盤の打ち合わせシーンが冗長に感じられる場面がある「どうでもいい部分を丁寧に描く」というコンセプトは前半は新鮮ですが、中盤になると同じトーンが続くため、若干の中弛み感が出てくる話数があります。1話25分という短さがそれを補っていますが、テンポを求める視聴者には少し単調に感じられる部分も。
- サスペンスとしての緊張感はほぼないタイトルから「ダーク系サスペンス」を期待すると完全に肩透かしをくらいます。緊張感よりも笑いを優先した構成なので、スリルや駆け引きを求めて観ると別の作品に見えてしまうほどトーンが違います。
向いている人・向いていない人の特徴
向いている人
- バカリズム脚本の「架空OL日記」「ブラッシュアップライフ」が好きな人
- 「緊張感のない犯罪計画」という逆説的な笑いのセンスが合う人
- 1話25分で手軽に一気見したい人
向いていない人
- タイトルからシリアスなサスペンスを期待している人
- 展開が動かない「会話劇」が苦手な人
- バカリズムの笑いのトーンが合わない人(作品全体がそのトーンで統一されている)
深掘り考察:『殺意の道程』なぜ二人は室岡を殺さなかったのか|「苺フェア」が辿り着いた本当の結末
父は「自殺」ではなく「殺されていた」——この反転が物語の核心
計画を進める中で一馬と満は、自分たちが考えた「自殺に見せかける方法」が父・貴樹の死の状況と酷似していることに気づく。
父の工場を調べると物証が次々と出てきて、貴樹の死は自殺ではなく室岡による他殺だったという確信が深まっていく。
この反転は単なるどんでん返しではなく、物語全体のテーマと直結している。一馬は「父が自ら命を絶った」という事実を受け入れられないまま復讐を誓っていた。
しかし父は実際に殺されていた——つまり一馬の怒りは最初から「正しかった」ことになる。だからこそ最終話での選択がより重くなる。
「他人の命も自分の命も絶対に奪ってはいけない」——父の言葉が呼び戻したもの
一馬が子どもの頃、父から言われた言葉がある。「一番大切なのは命、他人の命も自分の命も絶対に奪ってはいけない」。
父が殺されていたとわかった瞬間、室岡を殺す正当性は増した。しかし父はその命を誰かに奪われながらも「命を奪ってはいけない」という信念を持って生きていた人間だった。
一馬が「殺す」のではなく「警察に突き出す」という選択をしたのは、その信念を裏切りたくなかったからといえる。
そして皮肉なことに、直接対決に乗り込んだ一馬は室岡に睡眠薬を盛られ、屋上で「父と同じ自殺に見せかけて殺されそうになる」。
加害者が被害者に同じ手口を使おうとするこの場面は、この物語が「歴史は繰り返す」という構造を持っていることを静かに示している。
「どっちでもいい」と言い続けた満が、最後に全部録画していた
一馬が室岡を殺すか警察に突き出すか揺れ動いているとき、満は「どっちでもいい」と答えた。この軽薄な反応は視聴者の目には「頼りない相棒」として映る。
しかし最終話で満は一部始終を録画しており、このはが警察を連れて現れる段取りをすべて整えていた。
「どっちでもいい」と言いながら、どちらに転んでも対応できるように動いていた——満のズレた言動の奥に、実は一馬への静かな信頼と準備があったことが、ここで初めて見えてくる。
「苺フェア」というコードネームの意味——くだらなさの中にある本気
このはが命名した殺害計画のコードネーム「苺フェア」は、このドラマの笑いの象徴でもある。
コードネームの命名に一喜一憂し、打ち合わせ場所に頭を悩ませ、占いで決行日を決める——二人が根本的に「殺人向きではない人間」であることを、7話かけて証明していく。
そして最終的に、本物の殺害計画としての「苺フェア」は実行されることなく終わり、一馬たち4人はホテルで本物の苺フェアを楽しんで幕を閉じる。
計画の名前がそのまま「日常に戻る儀式」として機能するラストは、このドラマが7話をかけて伝えたかったことの静かな回答といえる。
バカリズム脚本が「復讐」を選んだ理由
バカリズムはこれまで「ブラッシュアップライフ」「架空OL日記」など日常の細部を丁寧に描く作品を得意としてきた。
本作でも視点は同じだが、題材を「復讐」にしたことで、笑いの奥に「この二人は本当に人を殺せるのか」という問いが7話を通じて静かに漂い続ける。
サスペンスとコメディを並べるのではなく、コメディの中にサスペンスを紛れ込ませる作りになっている——この設計こそが「殺意の道程」というタイトルの本当の意味といえる。
殺意は確かにあった。ただ、その道程があまりにも日常的で、人間的だっただけだ。
総評:観るべきか迷っている方へ
ドラマ『殺意の道程』は、全7話をあっという間に見終えてしまう作品です。バカリズム脚本の入門としても、すでにファンの方にとっても楽しめる一作です。
サスペンスではなくコメディとして観る——その準備さえあれば、最終話まで心地よく進めます。
本作品はAmazon Prime Videoで配信中。
プライム会員は追加料金なしで視聴可能です。
※配信状況は変更される場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。


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