映画『正欲』は面白い?つまらない?正直レビュー|ラストの意味と「普通」という暴力を考察

映画『正欲』は面白い?つまらない?正直レビュー|ラストの意味と「普通」という暴力を考察 映画

🎬 ひとことで言うと

シネくま
シネくま

「多様性という言葉が届かない人たちの話——静かで、重くて、最後まで誰も救われない


結論:映画『正欲』は面白い?つまらない?

テーマの誠実さと、映画としての地味さが同居している。前半は掴みにくいが、後半に向けて静かに積み上がっていく。

⚠️ 4 / 10
★★★★☆☆☆☆☆☆

テーマは本物だが、群像劇の構造が前半の理解を妨げる。刺さる人には深く刺さるが、万人には届かない

複数の人物を行き来する群像劇の構造上、前半は「誰の話をしているのか」が掴みにくく、置いてきぼり感を覚える人が多いです。

ただし後半に向けてバラバラだった物語が一つに収束する構造は巧みで、テーマが見えてくるにつれて画面の密度が変わっていきます。

「普通」という言葉の暴力性、多様性の旗を掲げながら実は「理解しやすい少数派」しか受け入れない社会の欺瞞——このテーマを正面から描いた映画は多くありません。

前半の我慢が報われるかどうかは、このテーマに自分の経験を重ねられるかどうかで決まります。

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基本情報

配信Amazon Prime Video ほか
公開/放送開始2023年11月10日(劇場公開)
上映時間134分
ジャンルヒューマンドラマ、恋愛

あらすじと作品の特徴(ネタバレなし)

岸善幸監督、港岳彦脚本。朝井リョウの同名小説(第34回柴田錬三郎賞受賞、累計50万部)の映画化。第36回東京国際映画祭で最優秀監督賞・観客賞をW受賞。主題歌はVaundy「呼吸のように」。

横浜の検事・寺井啓喜(稲垣吾郎)は不登校の息子を抱え、「普通の家庭」を取り戻そうとしている。広島のショッピングモールで働く桐生夏月(新垣結衣)は、ある秘密を抱えたまま代わり映えのない日々を送っていたが、中学時代の同級生・佐々木佳道(磯村勇斗)が地元に戻ってきたことを知る。大学でダイバーシティフェスを企画する神戸八重子(東野絢香)は、ダンスサークルの諸橋大也(佐藤寛太)に近づいていく。

一見まったく無関係な3つの物語が、ある事件をきっかけに静かに交差していく。

正直レビュー:ここが良かった・悪かった

良かった点:新垣結衣の「これまでとは違う表情」と、テーマの誠実さ

  • 新垣結衣のキャスティングの妙「普通の恋愛ができない女性」を演じるにあたって、これまで「普通の恋愛の象徴」のように扱われてきた新垣結衣を起用したことには明確な意図があります。彼女がスーパーで親子連れの同級生と鉢合わせ、肩身を狭そうにする場面の静かな演技は、セリフなしで夏月の孤独を過不足なく伝えています。「ガッキーがこんな顔をするのか」という驚きが、そのまま映画のテーマと重なります。
  • 「理解しやすい多様性」への皮肉大学生・八重子が企画する「ダイバーシティフェス」の描写は本作で最も鋭い部分です。善意で多様性を掲げながら、実際には「受け入れやすい差異」しか扱っていない——その欺瞞を、悪人を一人も登場させずに描き切っています。

気になった点:群像劇の掴みにくさと、後味の重さ

  • 前半の構造が掴みにくい5人の登場人物が並行して描かれる前半は、各人物の関係性や状況が把握できるまでに時間がかかります。原作小説を読んでいる人と読んでいない人で、理解のスピードに大きな差が生まれます。映画単体として観ると、前半30分はかなり置いてきぼりを感じる可能性があります。
  • 誰も救われないまま終わる社会は変わらず、登場人物たちが「普通」の側に受け入れられることもなく、映画は静かに幕を閉じます。ただこの「救われなさ」は失敗ではなく、この映画が選んだ誠実さです。スッキリしたい人には向きませんが、その重さに意味を感じられる人には残ります。

向いている人・向いていない人の特徴

向いている人

✅ 向いている人
  • 朝井リョウの原作を読んで、映像で追体験したい人
  • 「多様性」という言葉に違和感や居心地の悪さを感じたことがある人
  • 解決しない問いを抱えたまま終わる映画を受け入れられる人

向いていない人

✗ 向いていない人
  • 群像劇の複雑な構造が苦手で、わかりやすいストーリーを求めている人
  • 観終わった後にスッキリしたい、救いのある結末を求めている人
  • 原作未読で映画単体として楽しもうとしている人

深掘り考察:『正欲』ラストの意味|「普通」という暴力と、水が象徴するもの

タイトル「正欲」の本当の意味

「正欲」という言葉は、通常「正常な欲望=性欲」を指す。しかしこの映画が問いかけるのはその逆だ——「社会が『正しい』と決めた欲望とは何か」という問いだ。

普通の恋愛、普通の結婚、普通の性。これらは誰かが決めた「正しい欲望」であり、それ以外は「異常」として処理される。映画は「正欲」というタイトルに、その構造への静かな皮肉を込めている。

水が象徴するもの

夏月・佳道・大也の3人は、水に対する性的指向を持っている。映画全編に滝・水飲み場・川のせせらぎなど水を想起させる場面が散りばめられているのは偶然ではない。

水は形が定まらない。色もない。誰のものでもない。社会が「普通」として定義した枠に収まらない存在の比喩として、水は機能している。

また水は、境界なく広がり、社会のルールが届かない場所でもある。「普通」から外れた人が存在できる唯一の場所として、この映画は水を選んだ。

ラストが意味すること

佳道は、児童ポルノ容疑で逮捕される。水フェチの同士を集めた集まりに小児性愛者の矢田部が紛れ込んでいたことで、意図せず巻き込まれた形だ。

佳道自身に子どもへの性的関心はなく、本人たちにとっては理不尽な逮捕だが、社会にはその違いを聞き届ける回路がない。

担当検事・寺井の事情聴取に応じた夏月に、寺井は言う。調停中のため直接伝えることはできないが、参考までに教えてくれと。

夏月は静かに答える。「普通のことです」——そして「私はいなくならないから、と伝えてください」と。この二言が、この映画で最も重いセリフだ。

「普通の家族」を守ろうとした寺井は、妻との関係が揺らいでいる。一方、社会から「あり得ない」と断じられた夏月は、逮捕された佳道の隣に留まることを選んだ——この対比が静かに、しかし確実にテーマを告げる。

社会に認められるわけでも、理解されるわけでもない。ただ「同じ人間の隣にいる」という選択だけが、この映画が最後に差し出す唯一の光だ。

稲垣吾郎が体現する「善意の暴力」

寺井啓喜は悪人ではない。息子を愛し、家族を守ろうとし、社会の秩序を信じている検事だ。しかしその「普通への信頼」が、気づかないまま他者を傷つける。

稲垣吾郎がこの役を演じることには意味がある。SMAPという「国民的なもの」の象徴として生きてきた俳優が、「普通を信じる人間の無自覚な加害性」を演じる——そのメタ的な構造が、この映画の一番深い層にある。

総評:観るべきか迷っている方へ

映画『正欲』は、エンタメとして観ると裏切られます。しかし「普通」という言葉に傷ついたことがある人にとっては、この映画だけが差し出せるものがあります。

原作を読んでから観ることをおすすめします。映画単体では理解しにくい部分も多く、原作を読んでいるかどうかで受け取り方は大きく変わります。

正直に言うと、自分が「普通」だと思っていることも、他人から見ればまったく理解できないことは山ほどあります。この映画が描く「水への性的指向」も、法的に問題があるわけでもなく、他者を傷つけるものでもありません。

理解してもらいたいわけではないのかもしれません。それでも、理解してくれる人が少しでもいれば生きやすくなるのも事実。ただ、この映画の登場人物たちがここまで苦しまなければならないのかという部分については、最後までよくわからないまま観終わる人も多いでしょう。それがこの映画の誠実さであり、同時に限界でもあります。

観る人を選ぶ映画ですが、「普通とは何か」を考えさせる作品であることは間違いありません。


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🎥カメラくん
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