🎬 ひとことで言うと

ホラーを見ていたはずなのに、最後には誰に感情移入していたのか分からなくなっていた。

予告なしで見ると、ばあちゃん覚醒の瞬間に本気で吹き出す。怖くて笑ったんじゃなく、振り切れっぷりに笑わされた感じ。
結論:映画『サユリ』は面白い?つまらない?
『サユリ』はホラー映画として始まって、途中から「怖がる映画」ではなくなる。前半は、家族が理不尽に壊されていく正統派のJホラーだ。誰も助からない。空気は重い。だから「このまま最後まで地獄なんだろうな」と身構えながら観ていた。
ところが後半、その重苦しい空気を祖母・春枝(根岸季衣)の登場をきっかけに、物語は一気に別の表情を見せる。前半までの重苦しさが嘘のように空気が変わり、気づけば「怖い」よりも、この先どう転ぶのかが気になっていた。
前半の容赦ない恐怖と、後半の振り切れたおかしさ。この一見するとちぐはぐな落差の奥に、実は本作で最も不気味な「人間の本質」が隠されている。
ツッコミどころも多いが、それも含めて記憶に残る。
※本ページはプロモーションを含みます。
基本情報
| 配信 | Amazon Prime Video |
|---|---|
| 公開/放送開始 | 2024年8月23日(劇場公開) |
| 上映時間 | 108分 |
| ジャンル | ホラー |
あらすじと作品の特徴(ネタバレなし)
神木家は念願の郊外一戸建てに引っ越してきた。父・昭雄(梶原善)、母・正子(占部房子)、長女・径子(森田想)、長男・則雄(南出凌嘉)、弟・俊(猪股怜生)に加え、認知症が進んだ祖母・春枝(根岸季衣)と祖父・章造(きたろう)も同居を始める。
引っ越し早々、家の中で奇怪な現象が連続。則雄のクラスメイト・住田奈緒(近藤華)が霊感から「早く出て行って」と警告するが、時すでに遅く、家族はひとりずつ怪死を遂げていく。家に棲みつく少女の霊「サユリ」の仕業と判明するなか、則雄は精神的にも肉体的にも追い詰められていく。
すべてを失い、パニック状態に陥った則雄の前に現れたのは、ボケていたはずの春枝ばあちゃんだった。突然正気を取り戻した春枝は「ワシら二人で、さっきのアレを地獄送りにしてやるんじゃ!」と宣言。こうして中学生の孫と最強のばあちゃんによる、前代未聞の悪霊討伐戦が幕を開ける。

正直レビュー:ここが良かった・悪かった
良かった点:怖さも驚きも、手加減しない映画だった
- 前半は普通に怖い後半ばかり話題になる映画だが、実は前半の完成度がかなり高い。家族が何もできないまま一人ずつ壊れていく流れは容赦がなく、油断していると本気で息が詰まる。この息苦しさが、作品全体の緊張感を支えている。
- 物語の主役が途中で入れ替わる普通なら主人公が最後まで物語を引っ張る。しかし本作は途中から春枝が物語の中心になり、気づけば則雄よりも春枝の活躍が強く記憶に残る。この大胆な構成はかなり珍しい
- 予想を何度も外してくる最近のホラーは展開が読める作品も多いが、この映画は何度も「そっち行く?」となる。次の一手が読めない感覚は、単純に映画として面白かった
気になった点:勢いに、恐怖もサユリも置いていかれた
- 後半は恐怖より勢いが勝ってしまう前半で積み上げた張りつめた空気が、後半では一気に別の雰囲気へと変わる。その大胆さは本作ならではの魅力だが、純粋なホラーとしての恐怖を最後まで味わいたかった身としては、少し物足りなさも残った。
- タイトルのわりに春枝の印象が強すぎるタイトルにもなっているサユリなのに、観終わって印象に残るのは春枝の方が圧倒的に強い。敵役より味方の方が濃いというギャップは、最後まで解消されないまま終わる
- 気になる映像表現もあった終盤は勢いで押し切る場面が多く、一部のCGや演出には少しチープさを感じる部分もあった
向いている人・向いていない人の特徴
向いている人
- Jホラーの「最後まで怖がって終わる」定番展開に飽きている人
- 途中でジャンルを見失うような映画体験を面白がれる人
- 根岸季衣の振れ幅のある演技を観たい人
- 予備知識ゼロで、後半の急展開を楽しみたい人
向いていない人
- 最後まで純粋に怖がらせてほしいホラー派の人
- ジャンルの一貫性やトーンの統一を重視する人
- CGのクオリティに敏感で没入感を大切にする人
- 原作ファンで、サユリという存在自体の掘り下げを期待する人
原作はある?押切蓮介の同名ホラー漫画について
映画『サユリ』には原作がある。押切蓮介による同名ホラー漫画で、『コミックバーズ』にて2010年3月号から2011年5月号まで連載された。単行本は全2巻で、2015年には描き下ろしを加えた『サユリ 完全版』も刊行され、累計発行部数は20万部を超える。映画はこの完全版をベースに実写化された。
※本セクションはプロモーションを含みます。
監督は『貞子vs伽椰子』『不能犯』の白石晃士。押切蓮介も製作委員会に参加し、実写化に深く関わっている。押切は「こんな邦画ホラーがあればいいのに」という思いで本作を描き、「霊に負け続けるだけのJホラーへの我慢の限界」を込めたと語っている。前半の恐怖と後半の吹っ切れたカタルシスという大胆な構成は、原作の狙いをそのまま受け継いだものだ。
深掘り考察:本当に怖いのは幽霊ではなく家族だった
サユリは最初から怪物ではなかった
サユリは、もともと人を呪うために生まれた化け物ではない。その悲劇の始まりは、父親による性的虐待。虐待を受け続けた彼女は、自分の身体を守る防衛反応として過食に走り、やがて人前に出られなくなって、家に閉じこもるようになっていく。
序盤で語られる「異様に太った少女」という情報は、単なる恐怖演出の設定ではなく、虐待の凄惨な痕跡そのもの。そう気づいた瞬間、それまでの恐怖の意味は180度変わる。母親もまた、その虐待を止めることはできなかった。だからこそ、サユリの怒りは父親一人にとどまらず、傍観した家族全体へと向かっていく。この映画で本当に恐ろしいのは、怪異としての幽霊ではなく、「家族」という逃げ場のない閉鎖空間そのものと言える。
春枝はサユリを「倒した」のではなく、復讐を「完成させた」
終盤の展開を見返すと、春枝がやっているのは決して「除霊」ではない。むしろ逆。彼女はあの世からサユリの家族を連れてきて、当事者であるサユリの目の前に突き出している。つまり春枝が伝えているのは、「成仏して消えろ」ではなく、「やり残した復讐を今ここで終わらせろ」という、あまりにも残酷で、それでいて誠実な提案。
だからこそ、サユリは父親を手にかけ、妹を手に掛ける。ここで重要なのは、サユリが狂気に任せて誰彼構わず殺戮しているわけではない点。彼女は明確に対象を選んでいる。怨霊と化してなお、彼女の奥底にはまだ人間としての理性と判断が残っていた証拠にほかならない。
母親だけ殺せなかった理由
サユリは母親の両目を潰すが、命までは奪わない。
サユリが死んでから何十年もの間、地下に閉じこもった彼女のもとへ、毎日食事を運び続けていたのは母親だった。虐待から直接助けてはくれなかった。それでも、サユリを唯一、完全には見捨てなかった存在だった。だからこそ、彼女の心には憎悪と感謝が引き裂かれながら同居してしまったのだろう。「憎い。けれど、殺せない」。
怨霊になってなお、サユリは人間だった頃の感情を完全には手放せなかった。もし完全な怪物だったなら、迷いなく全員を肉片に変えていたはず。憎しみの中に、わずかな、けれど決定的な「情」が最後まで残されていた。この作品が単なるB級ホラーを超えた悲劇として機能しているのは、サユリのこの未練のような優しさが、最後まで消えなかったからにほかならない。
神木家が最後にサユリを受け入れた意味
終盤で最も印象的だったのは、神木家の5人の霊が、泣きじゃくるサユリを包み込むようにして一緒に去っていく場面だ。
神木家は、サユリの呪いによって理不尽に命を奪われた被害者である。本来なら、恨みを抱き続けてもおかしくない。それでも彼らは、最後にサユリを拒絶しなかった。
この場面は「サユリが赦された」というより、「サユリがただの怪物ではなかった」と神木家が理解した瞬間だったのではないだろうか。
サユリの行動は決して許されるものではない。しかし、その怒りの根源には、長年の虐待と孤独があった。神木家は、その悲劇を知ったうえで、彼女を完全な化け物として突き放さなかったように見える。
だからこそ、ラストに残るのは単純な勧善懲悪の爽快感ではない。被害者と加害者という線引きだけでは片づけられない、複雑な哀しさと静かな余韻だった。
総評:観るべきか迷っている方へ
『サユリ』は、ホラーという枠だけでは語れない作品だった。
怖さだけを追求した作品ではないため好みは分かれるが、その思い切った展開は最後まで目が離せない。
観終わったあとに残るのは恐怖よりも、「こんなホラーもあるのか」という不思議な感覚だった。

観終わったあと、前半の印象まで変わるホラーだった。
本作はAmazon Prime Videoで配信中。
プライム会員は追加料金なしで視聴可能です。
※配信状況は変更される場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。


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