🎬 ひとことで言うと

犯人が後ろにいるのに、足音が聞こえない……

聞こえないって、こんなにも怖いんだ。
結論:映画『殺人鬼から逃げる夜』は面白い?つまらない?
『殺人鬼から逃げる夜』は、面白い。「聴覚障害のある女性が殺人鬼に追われる」という設定が、逃走劇そのものの怖さにつながっている。
ギョンミには、犯人の足音が聞こえない。背後からドシクが迫っていても気づけず、普通の追走劇なら頼りになる「音」を、ギョンミは頼りにできない。だからこそ、画面を見ているこちら側は「今、あいつが後ろにいるのに!」と気が気でなくなる。こちらには見えている危険が、ギョンミには届かない。この情報の差が、観ている側まで焦らせる本作独特の怖さを生み出している。
一方で、脚本にはかなり強引なところもある。警察の対応を含め、「なぜそんなに簡単に騙される?」と思う場面は少なくない。ドシクもあまりに都合よく人を操れてしまうため、途中から現実の殺人鬼というより「この映画のルールの中では絶対に負けない敵」に見えてくる。
それでも最後まで見られるのは、物語の軸が非常にシンプルだからだ。犯人の正体を引っ張る映画ではない。殺人鬼に狙われた女性が、限られた情報の中でどう危機を切り抜けるのか。そこに集中しているからこそ、多少の粗さを押し切る勢いがある。
聞こえない恐怖と、どこまでも追ってくる殺人鬼。緊迫感のある逃走スリラー。
※本ページはプロモーションを含みます。
基本情報
| 配信 | Amazon Prime Video ほか |
|---|---|
| 公開/放送開始 | 2021年9月24日(劇場公開) |
| 上映時間 | 104分 |
| ジャンル | スリラー、サスペンス、ホラー |
あらすじと作品の特徴(ネタバレなし)
聴覚障害のあるギョンミ(チン・ギジュ)は、同じく聴覚障害のある母親と暮らし、手話相談員として働いている。ある夜、仕事を終えたギョンミは母親を迎えに行き、車を停めるためその場を離れる。
その間、連続殺人鬼のドシク(ウィ・ハジュン)は、別の女性ソジョン(キム・ヘユン)を襲っていた。ギョンミは路地裏で血を流して倒れているソジョンを発見し、彼女を助けようとする。しかし、それをきっかけにドシクの新たな標的になってしまう。
ところがドシクは、単純に力で襲いかかる殺人鬼ではない。人当たりのいい青年を装い、警察や周囲の人間まで巧みに騙してしまう。ギョンミが必死に危険を伝えようとしても、ドシクは先回りして自分に都合のいい話を作り上げてしまう。
やがてソジョンの兄ジョンタクも妹の身を案じ、ギョンミを守ろうと事件に関わっていく。ギョンミは、音を頼りにできないというハンデを抱えながら、視覚と判断力を頼りにドシクから逃げ続けることになる。

正直レビュー:ここが良かった・悪かった
良かった点:犯人の怖さと、息つく暇もない逃走劇
- 犯人を最初から見せる構成がいい本作は「犯人は誰なのか」を隠して引っ張らない。ドシクが殺人鬼だと分かった状態で、次に何をするのか、どうやってギョンミを追い詰めるのかを見せていく。この作りがいい。
- ウィ・ハジュンの演技がかなり怖い人当たりのいい青年を装っているときと、殺人鬼としての表情の落差が強烈だ。実は自分は以前この作品を観ているのだが、そのときはドシクを演じているのがウィ・ハジュンだと気づかなかった。それくらい、これまで見てきた彼とは違う印象を受けた。
- 夜の街を舞台にした逃走劇が飽きない路地や道路、店など、逃げる場所が次々と変わるため、単調な追いかけっこになっていない。逃げ切れそうに見えても、なかなか安心できないのもいい。
気になった点:犯人が強すぎる? 展開に都合のよさを感じる場面も
- 警察がドシクを信用しすぎるギョンミが必死に危険を訴えている一方で、ドシクの説明は驚くほど簡単に受け入れられてしまう。「もう少し疑ってもいいのでは」と思ってしまう場面がある。
- ドシクが強すぎる人を騙すだけでなく、追跡や格闘まで強く、何でもできてしまう。そのため、途中から現実の殺人鬼というより、映画の中でギョンミを追い詰めるために作られた「無敵の敵」に見えてくる。
- 展開が都合よく感じるところがあるギョンミが逃げ切れそうになったと思えば再び追い詰められ、助かりそうになっても状況がひっくり返る。スリラーとしての勢いはある一方で、冷静に考えると「そこまでうまくいくか?」と思う場面もある。
向いている人・向いていない人の特徴
向いている人
- ハラハラする逃走劇が好き
- 殺人鬼から逃げる展開を楽しみたい
- 韓国のスリラー映画が好き
- ウィ・ハジュンの怪演を見たい
向いていない人
- 犯罪スリラーにリアリティを求める
- 犯人の心理描写をじっくり楽しみたい
- 暴力的な追跡シーンが苦手
深掘り考察:『殺人鬼から逃げる夜』ドシクはなぜギョンミをすぐに殺さなかった?
ギョンミには「犯人が近づいている」と分からない
本作の面白さは、ギョンミが「犯人が近づいていること」を音で察知できないことにある。
画面にはドシクが映っている。だからこちら側には、すぐそこまで迫っていることが分かる。ところがギョンミには、その危険を知らせる足音が聞こえない。
「逃げて!」と思いながら見ているのに、ギョンミには背後から迫るドシクの存在が届かない。
この「私たちには見えているのに、主人公には分からない」という情報差が、普通の逃走劇とは違う怖さを生み出している。
ドシクの武器は、ナイフより「信用されること」
ドシクが厄介なのは、殺人鬼なのに周囲から殺人鬼に見えないことだ。
ギョンミが必死に危険を訴えている横で、ドシクは冷静に振る舞う。自分に都合のいい説明を先に作ってしまうため、結果的に被害者の言葉より犯人の言葉が通ってしまう。
つまりギョンミは、ドシクから逃げるだけでは足りない。
「この男が犯人だ」と信じてもらうことまで突破しなければならない。
だから本作は、単純に「殺人鬼から逃げる映画」ではなく、「犯人を知っているのに、周囲に信じてもらえない」というもどかしさも加わった逃走劇になっている。
ドシクは「殺すこと」より「苦しませること」を楽しんでいる?
ドシクを見ていて気になるのが、なぜ、すぐに殺せる相手をわざわざ生かしておくのかということだ。
その片鱗は、冒頭から描かれている。ドシクはサラリーマンをすぐには殺さず、生かしたままにしている。その場面を女性に目撃され、その女性もドシクに殺される。
さらにドシクは、警察に対して「外国人労働者3人が女性を交代で刺した」という嘘の説明まで作り上げる。単に相手を殺すだけではなく、殺した後の状況まで自分に都合のいい形に作り替えている。
こうした行動を見ると、ドシクはただ手早く人を殺すタイプの殺人鬼ではない。相手を利用し、周囲を騙し、自分の思い通りに状況を動かすことそのものを楽しんでいるようにも見える。
そしてギョンミに対しても、何度も殺すチャンスがありながら、すぐにとどめを刺すのではなく、さらに追い詰めようとする。
殺すことが目的なら、殺せるときに殺せばいい。
それでもドシクがそうしないのは、相手を追い詰め、逃げさせ、恐怖を与えながら、自分の手の中で弄ぶことに快感を覚えているからではないか。
そう考えると、最後の展開も少し違って見えてくる。
ギョンミが生き残れたのは、彼女が必死に抵抗したからだけではない。「もっと苦しませたい」というドシク自身の欲望が、最後には自分の首を絞めることになった。
総評:怖さよりも「どうやって逃げるのか」が面白い映画
『殺人鬼から逃げる夜』は、「聞こえない」という設定を逃走劇の怖さに変えた一本。ウィ・ハジュンの怪演も強烈で、最後まで追われる恐怖を楽しめた。
脚本に粗さはあるものの、細かいことを気にするより「次はどうやって逃げる?」と先を見たくなる勢いがある。逃走スリラーとして十分に楽しめる作品だった。

逃げるだけなのに、ここまでハラハラさせられるとは思わなかった。


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