映画『廃用身』は面白い?つまらない?正直レビュー|介護の問題を描くはずが、後半は別の方向へ

映画『廃用身』は面白い?つまらない?正直レビュー|介護の問題を描くはずが、後半は別の方向へ 映画

🎬 ひとことで言うと

シネくま
シネくま

納得しかけてしまった自分が、いちばん怖かった。

シネうま
シネうま

観終わったあとも、「自分ならどうする?」がしばらく頭に残るよ。


結論:映画『廃用身』は面白い?つまらない?

介護する側の負担を軽くしながら、患者本人の望む生活も守る。その難題に真正面から切り込んだ作品。

漆原は、奇抜な考えを面白半分で実行する医師ではない。患者と家族の双方にとって何が最善なのか、真剣に考えた末に極端な答えへと行き着く。だからこそ、その考えを簡単には否定できない。介護の現実を考えると、漆原の理屈に納得させられそうになる。その先にあるのは、映画の中だけの問題とは言い切れない怖さだ。

🙂6 / 10
★★★★★★☆☆☆☆

介護の現実を前に、漆原の理屈を否定しきれない。

▶ Prime Videoで視聴する

※本ページはプロモーションを含みます。

基本情報

配信Amazon Prime Video(独占配信)
公開/放送開始2026年5月15日(劇場公開)
上映時間125分
ジャンルヒューマンサスペンス

あらすじと作品の特徴(ネタバレなし)

舞台は、町のデイケア施設「異人坂クリニック」。院長の漆原糾(染谷将太)は、麻痺して動かず、回復の見込みがない手足を「廃用身」と呼び、それらを切断する治療「Aケア」を考案する。

漆原が目を向けたのは、患者本人の苦痛だけではない。介護する家族の疲弊も深刻な問題となっていた。患者の負担を減らし、家族も介護を続けられるようにする。その双方を救う手段として、漆原はAケアに可能性を見いだしていく。

しかし、手足を切断するという前例のない治療は、医療に携わる人々や周囲との間に波紋を広げていく。患者のための選択とは何か。善意から始まった漆原の試みは、やがて簡単には答えの出せない問題を突きつける。

正直レビュー:ここが良かった

良かった点:現実と地続きの難題を、真正面から描く

  • 介護問題を極端な設定で問い直す手足の切断という強烈な設定だが、描かれているのは患者の苦痛や介護する家族の疲弊といった、現実にもある問題だ。介護する側とされる側、どちらか一方だけを救えば済む話ではない。その難しさを、極端な設定を通して突きつけてくる。
  • 善意に納得しかける怖さ漆原は、患者の苦痛を減らし、家族の負担も軽くしようと考えている。だからこそ、その理屈には一見もっともらしく聞こえる部分がある。気づけば切断という手段にまで納得しかけている。観ている自分まで漆原の考えに引き込まれそうになる感覚が、この作品ならではの怖さだ。

気になった点:

  • 極端な展開でAケアを否定するAケアの是非を問いかける作品だが、物語が進むにつれて極端な事件が起こり、Aケアを否定する方向へと展開していく。介護の現実に切り込む題材だからこそ、事件によって結論へ誘導するのではなく、Aケアそのものの是非をもっと掘り下げてほしかった。

向いている人・向いていない人の特徴

向いている人

✅ 向いている人
  • 答えの出ない問題について考えるのが好きな人
  • 善悪を簡単に決められない作品が好きな人
  • 観終わったあとも余韻が残る映画を観たい人

向いていない人

✗ 向いていない人
  • 身体の切断を扱う題材が苦手な人
  • 介護や生死に関わる重いテーマを避けたい人
  • 気軽に楽しめる映画を観たい人

『廃用身』に原作はある?

映画『廃用身』の原作は、医師・久坂部羊による同名小説(2003年刊・幻冬舎)。著者のデビュー作で、出版当時は「映像化不可能」とうたわれた作品だ。久坂部は外務省の医務官を経て、現在も在宅訪問医として働いている。

監督・脚本を務めた吉田光希は、学生時代に原作と出会い、20年にわたって映画化の企画を温めてきた。久坂部は脚本を吉田監督に一任し、完成した映画の医療現場の描写を高く評価したという。

原作は、前半が漆原自身の手記、後半が原稿を預かった出版社の編集者による補足という構成。映画ではこの手記形式をなくし、三人称の視点から物語を描いている。

原作の刊行から20年以上が経った今も、介護する家族の負担と、患者本人が望む生活をどう両立させるかという問いは、古びていない。なお、Aケアは作品内の架空の療法であり、現実に確立された治療法ではない。

ORIGINAL BOOK

廃用身(幻冬舎文庫 く 7-1)

久坂部羊による小説『廃用身』。映画の原作となった、介護と医療の倫理を問いかけるデビュー作。

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深掘り考察:「岩上さんのため」は、どこまで切断を正当化できるのか

なぜ漆原は「切断」を救済だと考えたのか

漆原がAケアに行き着いた出発点は、患者本人と介護する家族の双方を救いたいという思いだった。

岩上さんは自宅で暮らし続けたいと望んでいる。しかし、家族の介護疲れから十分な介護を受けられず、褥瘡も治らない。漆原は、介護する側の負担が軽くなれば、岩上さんは自宅で暮らし続けられると考えた。

そこで目を向けたのが、回復の見込みがない両脚と左腕だった。脚の重みが褥瘡を悪化させているなら、切断して負担を減らし、残された右腕を活かすほうが合理的ではないか。漆原にとってAケアは、単に身体の一部を切り取る治療ではなく、患者と家族の生活を立て直すための手段だった。

この発想は、決して理解できないものではない。介護の負担が限界に達し、患者本人も望む生活を送れない。そうした現実を前に、漆原は従来の医療とは違う解決策を考えた。

ただ、ここで気になるのは、介護の問題を解決するために、本人の身体を変えるという発想に行き着いていることだ。介護の負担になるものを取り除けば生活が改善する。漆原の理屈は一見合理的だが、その解決策が本人にとって本当に望ましいものなのかは、別の問題として残る。

本人のためという善意は、どこで独善に変わるのか

漆原は、感染症の治療にかこつけて切断するのではなく、「廃用身だから切断する」のだと公にすべきだと考えている。効果を期待して、ひそかに進めるつもりはない。輸血や臓器移植も、初めて試されたときには倫理的にも感情的にも反発があったのではないか。前例がないことだけで否定すべきではない、というのが漆原の主張だ。

確かに、前例がないことは、間違っていることの証明にはならない。しかし、過去に受け入れられた医療があるからといって、Aケアも認められるべきだとは言えない。新しい治療であることと、その治療が正当であることは別だ。

何より引っかかるのは、岩上さんが望んでいるのは自宅で暮らし続けることであって、手足を切断することではない点だ。漆原は本人のためを考えているが、本人が何を望み、何を受け入れられるのかという問題と、漆原が本人にとって最善だと考えることが、必ずしも一致していない。

本人を救いたいという善意があるからこそ、漆原の考えは厄介だ。悪意から患者の身体を傷つけようとしているわけではない。むしろ、介護の現実を見据え、患者と家族の双方にとって合理的な答えを出そうとしている。だからこそ、その判断がいつの間にか本人に代わって人生を決めることになっていないか、考えさせられる。

原作と映画で、漆原の見え方はどう変わったのか

原作は、前半が漆原自身の手記、後半が出版社の編集者による補足という構成だ。漆原自身の言葉を通して、その考えや理屈を追っていく。一方、映画では手記形式をなくし、漆原の感情の吐露や表情の変化、説明も抑えている。

その違いによって、漆原の人物像の受け取り方も変わってくる。原作では漆原の内面に触れながら、その理屈を追うことになる。映画では、行動や周囲の反応から人物像を読み取るため、漆原の考えに納得しかけても、一歩引いて見つめ直す余地がある。

原作者の久坂部は、漆原を善意で動く誠実な人物だからこそ、選択が極端になっていく人物と語っている。また、染谷将太の漆原についても、自分が書きたかった人物像がそのまま描かれていたと評価している。

映画の漆原は、感情をあらわにして理解を求める人物ではない。淡々と自分の理屈を進めていくからこそ、その考えに納得しかける一方で、どこかに違和感も残る。漆原を単純な善人にも悪人にも見せない、この抑えた描き方が印象に残った。

Aケアに効果があれば、切断は正当化されるのか

※この項では、結末と自殺に関する内容に触れる。

Aケアを受けた患者たちをめぐる事件が相次ぎ、問題がスキャンダルとして世に出たあと、漆原は自ら命を絶ったとみられる。最後に残した紙には「頭はわたしの廃用身」と書かれていた。線路に首を置く行為は、自分の頭を廃用身と見なし、患者に対して行ってきた切断の理屈を自分自身にも当てはめたように見える。自らの考えを公にして議論すべきだと主張していた漆原が、議論される前にスキャンダルとして断罪されていく。その最期には皮肉を感じる。

吉田監督は、同調圧力や第三者が当事者の在り方を語ってしまう危うさも、本作のテーマとして挙げている。内部告発が週刊誌に流出し、本人たちの意思とは別に周囲がAケアの是非を語り始める展開にも、その問題が表れている。

一方、映画は最後に、Aケアに効果があった可能性をわずかに残している。漆原は、廃用身を切断すれば血流が脳などに回り、認知症が改善する可能性もあると語っていた。幕切れでは、改善の見込みはないと思われていた患者が声を発する。漆原の主張を完全には否定できないような終わり方だ。ただし、これは劇中の仮説であり、現実の医療で裏づけられたものではない。

もしAケアに効果があったとしたら、切断は正当化されるのか。効果がなければ、患者たちは何のために身体を変えられたのか。そもそも、効果があることと、その治療を本人に施してよいことは同じではない。

公式Xは「あなたはAケアに賛成ですか?反対ですか?」と問いかけている。しかし、賛成か反対かの二択では、この問題の答えにはならない。介護する家族の負担も、患者本人の尊厳も、どちらも簡単には切り捨てられないからだ。漆原の理屈に納得できる部分があるからこそ、Aケアを単純に否定することも、受け入れることもできない。

総評:観るべきか迷っている方へ

漆原の発想には、簡単に切り捨てられない説得力がある。だからこそ、後半で事件を重ね、Aケアを否定する方向へ物語を進めてしまう展開が惜しい。題材の面白さに対して、その是非を掘り下げるドラマが物足りなかった。


シネうま
シネうま

介護を経験すると、『ないほうが楽』と思ってしまう瞬間もあるんだよね。

STREAMING

本作はAmazon Prime Videoで配信中。
プライム会員は追加料金なしで視聴可能です。

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※配信状況は変更される場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。

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