🎬 ひとことで言うと

名曲と豪華キャストで仕上げた愛の物語。ただ、その器に入りきらなかったものが多すぎた。

キャストも映像もきれいなんだけど……感情が波に乗る前に次の場面に連れて行かれる感じが最後まで続いちゃうんだよね。
結論:映画『糸』は面白い?つまらない?
正直に言う。感動する準備は整っていたのに、感情が追いつく前に映画が先へ進んでしまった。
題材は悪くない。中島みゆきの『糸』が持つ縁の哲学は映像表現と相性がいいはずで、18年という時間軸は本来、大きなスケール感を生み出せるはずだった。だが物語はいつも「次の出来事」に向かって走っていて、立ち止まってくれる瞬間がほとんどない。
菅田将暉と小松菜奈の演技は安定している。それだけに、その演技を活かしきれていない構成がもったいなく映る。「この場面をもっと見せてほしかった」という気持ちが積み重なったまま、エンドロールを迎えてしまった。
素材は一流、構成で好みが分かれる惜しい一本。
※本ページはプロモーションを含みます。
基本情報
| 配信 | Amazon Prime Video ほか |
|---|---|
| 公開/放送開始 | 2020年8月21日(劇場公開) |
| 上映時間 | 130分 |
| ジャンル | 青春、ラブロマンス |
あらすじと作品の特徴(ネタバレなし)
平成元年、北海道・美瑛で育った高橋漣(菅田将暉)と園田葵(小松菜奈)は13歳の花火大会で出会い、初めての恋をする。しかし葵は養父からの虐待を受けており、漣が駆け落ちを試みるも警察に保護され、二人は引き離されてしまう。
8年後、21歳になった漣は友人の結婚式で上京し、偶然葵と再会する。チーズ職人として地元に根を張る漣と、東京・沖縄・シンガポールと場所を変えながら自分の居場所を探し続ける葵。それぞれが別の出会いと別れを重ね、さらに10年の時が流れた平成最後の年、運命はもう一度だけ二人をめぐり逢わせようとしていた。
瀬々敬久監督が平成という時代の空気感——リーマンショックや東日本大震災といった出来事——を背景に重ねながら描く、スケールの大きいラブストーリー。音楽は亀田誠治が担当。漣の妻・香を演じた榮倉奈々の体当たりの役作りや、竹原ピストル・倍賞美津子・二階堂ふみら実力派の脇役陣も見どころのひとつとなっている。
正直レビュー:ここが良かった・悪かった
良かった点:演技の誠実さと時代の空気感
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菅田将暉と小松菜奈が終始ぶれない
感情を爆発させる場面よりも、堪えている場面での表現が印象に残る。特に漣が香の死後を生きる時間帯の菅田将暉は、台詞が少ない分だけ目や間で語っていた。 -
榮倉奈々の役作りが際立つ
漣の妻・香を演じた榮倉奈々は、がんを患いながらも出産を優先するという過酷な役を体重を落として臨んだ。その存在感は短い出番の割に映画全体の感情的な重心になっていて、最も記憶に残るキャラクターになっている。 -
北海道の風景と音楽の相性
美瑛のチーズ工房や広大な牧草地を舞台にしたシーンは、亀田誠治の音楽と合わさって独特の静けさを持つ。映像そのものは丁寧で、見応えがある。 -
時代の空気感を個人の物語に重ねる着眼点
震災やリーマンショックといった出来事を二人の人生と重ねようとする試みは興味深い。時代の気配が背景に溶け込んでいる場面は、ラブストーリーに一定のリアリティを与えることに成功している。
気になった点:時間の飛ばし方と、感情のダイジェスト処理
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人生の核になる場面がダイジェストで流れる
結婚・出産・妻との死別といった出来事が、テロップと短いカットで処理されていく。それぞれに費やすべき時間が圧縮されているため、喜びも悲しみも薄く届いてしまう。香の死は特に、丁寧に描く時間があれば映画の核になれた場面だっただけに惜しい。 -
連続ドラマ向きの題材を映画に収めた無理
複数の恋愛・それぞれの人生を130分に収めることに、そもそも無理がある。全10〜12話のドラマ尺であれば、各時期に息をつかせる余白が生まれたはずで、映画という器が作品の足を引っ張っている印象が強い。 -
楽曲の使い方が過剰になっていく
モチーフとなった『糸』を感動場面のたびに流すことで、後半は耳が慣れてしまった。一度の使用で成立するはずの場面でも繰り返されるため、曲本来の力が希薄になっていく。 -
ラストの着地点が人を選ぶ
再会シーン自体はきれいにまとまっているが、「ここからどうなるのか」という問いへの答えは映画の外に委ねられる。余韻として受け取るか消化不良と感じるかは、それまでの感情の積み重ね次第で大きく変わるだろう。
向いている人・向いていない人の特徴
向いている人
- 菅田将暉・小松菜奈のファンで、ふたりの掛け合いを純粋に楽しみたい人
- 明示しない終わり方、想像に委ねるエンディングが好きな人
- 中島みゆきの音楽が好きで、楽曲ありきで作品に入れる人
- ひとつひとつの展開より、”再会する運命”そのものを楽しめる人
向いていない人
- 登場人物の人生にじっくり感情移入したい人
- 明確な結末や答えを求めて観る人
- 恋愛映画のドラマパートにしっかり時間をかけてほしい人
- 「平成を舞台にしたラブストーリー」という野心的な構成に見合った密度を期待している人
映画『糸』に原作はある?
原作小説はなく、中島みゆきの楽曲『糸』(1998年リリース)をモチーフに、プロデューサーの平野隆が企画・原案を手がけた完全オリジナルストーリー。脚本は林民夫が担当している。
映画公開に合わせて林民夫によるノベライズ版が幻冬舎から発売されているが、これは映画の原作ではなく、脚本をもとにした書籍化という位置づけになる。LINEマンガでのコミカライズも公開された。
深掘り考察:「縁」は都合よく機能するか
香の死は、漣の物語を動かすためだけに使われていないか
漣の妻・香(榮倉奈々)は、腫瘍の治療よりも出産を優先し、数年後にがんで命を落とす。榮倉奈々が体を絞って臨んだ演技は確かに誠実だったが、香という人物の内面や漣との日常がほとんど描かれないまま退場していく。
もちろん香自身の人生にも意味は与えられている。ただ、映画全体の構造として見ると、香の死が「漣が葵への感情を再び動かすきっかけ」として機能しているようにも映ってしまう。
もし香との結婚生活に時間をかけていれば、その喪失はもっと重く、漣の再出発をより確かなものにしたはずだった。時間的な制約がキャラクターを消費する形になってしまっている。
葵が「流され続ける人」として描かれているのは意図的か
葵は東京・沖縄・シンガポールと場所を変えながら、そのたびに他者との関係の中に居場所を見つけようとする。水島(斎藤工)を追って沖縄へ、玲子(山本美月)に誘われてシンガポールへ——という流れは、自分の意志で動いているようでいて、誰かの引力に乗り続けているように見える。
これを「自立できない人物」と読む向きもあるだろうが、私が観ていて感じたのは少し違う。葵は「縁に引っ張られながら、縁を自分では選べない人間」として描かれているのではないか。
シンガポールで玲子に裏切られ会社を清算し、それでも北海道の子ども食堂へ向かうという選択は、初めて自分で縁を手繰り寄せた瞬間だったのかもしれない。だとすれば漣との再会は「流された果て」ではなく、「やっと自分で動いた結果」という読み方もできる。
ラストシーンの「曖昧さ」は意図的か、それとも尺切れか
映画は、北海道の子ども食堂で漣と葵が再会し、函館港での場面で幕を閉じる。二人がこれからどうなるかは描かれない。
楽曲『糸』の「縦の糸はあなた、横の糸はわたし」という表現を踏まえれば、この終わり方は布になる直前を映しているのだろうと思える。完成した縁ではなく、縁が結ばれようとしているその瞬間で止めることで、歌詞の世界観と整合させようとした意図は読み取れる。
ただその意図が「余韻」として届くかどうかは、それまでの130分でどれだけ感情が積み上がっているかにかかっている。積み上がりが薄いと感じた分だけ、終わり方だけがきれいに見えてしまう。
総評:観るべきか迷っている方へ
4点という評価は、つまらないからではなく「もっとできたはず」という惜しさの点数だ。
菅田将暉と小松菜奈は誠実に演じているし、瀬々敬久監督が作ろうとしていたものの輪郭は見える。だが2時間という枠が、18年の物語には小さすぎた。感情が着地する前に次の場面へ連れて行かれる感覚が、最後まで続く。
中島みゆきの『糸』という楽曲が持つ力を借りた作品だからこそ、その力に頼りすぎず、物語の骨格で自立してほしかった。キャスト目当てで気軽に流して観るには悪くない一本だが、期待値を高めて観ると物足りなさが残る可能性が高い。
本作はAmazon Prime Videoで配信中。
プライム会員は追加料金なしで視聴可能です。
※配信状況は変更される場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。

榮倉奈々の役作りは本当にすごかったよ。あそこだけでも観る価値はあると思う。


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