🎬 ひとことで言うと

「誰が犯人か」より面白かったのは、「なぜここまで炎上したのか」。そこをもっと掘ってほしかった。

投稿した人、拡散した人、面白がった人、信じた人——誰も自分だけが悪いとは思ってないんだよね。
結論:映画『俺ではない炎上』は面白い?つまらない?
一つの情報が人から人へ渡るたびに、制御できない炎上へと形を変えていく過程には引き込まれる。何の裏付けもない情報が真実として扱われ、あっという間に個人が特定されていく序盤の流れには、実際に起こり得るリアリティがある。ところが物語が進むにつれて、映画の軸は「なぜここまで炎上したのか」から「誰が仕掛けたのか」というミステリーへと移っていく。本来もっと掘り下げられたはずの「炎上の広がり方」というテーマを、最後まで掘り切れていないのが惜しい。それでも、序盤の緊張感と後半の仕掛けにはそれぞれ見応えがあり、最後まで退屈せずに観られる一本になっている。
序盤の勢いはある。後半はミステリーに寄るが、仕掛けで最後まで引っ張ってくれる。
※本ページはプロモーションを含みます。
基本情報
| 配信 | Amazon Prime Video(独占配信) |
|---|---|
| 公開/放送開始 | 2025年9月26日(劇場公開) |
| 上映時間 | 125分 |
| ジャンル | サスペンス・ミステリー |
あらすじと作品の特徴(ネタバレなし)
大手ハウスメーカーの営業部長・山縣泰介(阿部寛)は、ある日突然、自分のものと思われるSNSアカウントから女子大生の遺体画像が拡散され、身に覚えのないまま「殺人犯」として名指しされる。
無実を訴えても誰も信じてくれず、瞬く間にネットは炎上状態に。個人情報を特定した匿名の群衆から日本中を追い回されることになった泰介は、無実を証明し、自分を陥れた真犯人を見つけるため、決死の逃亡を始める。
そこに、泰介を追う謎の大学生・サクラ、拡散のきっかけをつくった大学生インフルエンサー・住吉初羽馬、取引先企業の若手社員・青江、泰介の妻・芙由子といった、それぞれ思惑の異なる人物が絡み合い、事態は予測不能な方向へ転がっていく。
監督は『AWAKE』の山田篤宏、脚本は『護られなかった者たちへ』の林民夫が務めている。

正直レビュー:ここが良かった・悪かった
面白かった点:炎上が一人の悪意だけでは終わらない
- 炎上から逃亡劇へ一気に入っていく勢い突然「殺人犯」として追われる状況が早い段階で作られ、泰介が逃げ続ける展開へ一気に入っていく。細かく炎上の過程を描くというより、状況が次々と変わっていくテンポの良さがある
- 阿部寛の振れ幅のある芝居追い詰められた泰介をシリアスに演じながら、ときにコミカルにも見える逃亡劇を成立させている。作品の重さを適度に和らげているのも阿部寛の存在感だ
- 脇を固めるキャスト陣の存在感芦田愛菜・長尾謙杜・藤原大祐・夏川結衣らがそれぞれ異なる立場から泰介に関わり、複数の人物の視点から事件を追える構成を支えている
気になった点:後半はミステリーの仕掛けが前に出る
- 後半で物語の軸が変わってしまう序盤は、突然殺人犯にされた泰介が逃げ続ける状況に引き込まれるが、後半は「誰が仕掛けたのか」というミステリーが中心になり、序盤に感じた面白さが少し薄れていく
- 炎上をきっかけに変化する人間関係をもっと見たかったさまざまな人物が事件に関わっていく一方で、炎上によって人との関係や信頼がどう変わっていくのかは、もう少し描いてほしかった
向いている人・向いていない人の特徴
向いている人
- SNS炎上を題材にした映画が好きな人
- 冤罪やネット社会を描いたサスペンスが好きな人
- 「自分は悪くない」と思う人間の心理を考える映画が好きな人
- サスペンスにミステリー要素も求めたい人
向いていない人
- SNS炎上の問題を深く掘り下げた作品を期待する人
- 犯人や動機をじっくり楽しむ本格ミステリーを期待する人
- 最後にはっきりと答えが出る結末を求める人
『俺ではない炎上』に原作はある?
本作の原作は、浅倉秋成が2022年に発表した同名小説(双葉社刊、現在は文庫化)。『六人の嘘つきな大学生』でも知られる浅倉の作品で、第36回山本周五郎賞の候補にも選ばれている。複数の語り手による時系列を組み合わせた構成が特徴で、映画版もその骨格を踏襲している。
上映時間の都合上、映画では情報の整理やテンポが優先されている。原作にある心理描写やトリックの細部をより深く味わいたい場合は、小説版にあたってみるのもいいだろう。
深掘り考察:この炎上を大きくしたのは誰か
住吉初羽馬は本当に一番悪かったのか
炎上のきっかけを作った人物として、まず名前が挙がるのが大学生インフルエンサー・住吉初羽馬だ。序盤では泰介の情報を拡散する側にいた住吉だが、物語が進むにつれて、今度は自分自身が疑われる立場へと変わっていく。
ここで重要なのは、住吉が最初から誰かを陥れようとしていたわけではないことだ。本人にとっては、泰介に関する情報を「みんなに知らせるべきもの」と考え、正義感から拡散している。
しかし、その行動によって情報はさらに広がり、別の人間の行動を引き起こしていく。そして最終的には、自分自身も疑いの目を向けられることになる。
住吉の立場が「拡散する側」から「疑われる側」へ変わることで、本作の炎上は単純な善悪だけでは片づけられない。正しいことをしているつもりでも、その行動が別の誰かを追い詰めるきっかけになるからだ。
なぜ、自分を加害者だとは思わないのか
炎上に関わった人間は、自分の行動だけを見れば、それほど大きなことをしたとは感じにくい。
一人の行動だけで炎上が起きるわけではない。誰かの投稿に反応する人がいて、それをさらに広げる人がいて、その情報を信じる人が増えていく。そうして多くの人間が少しずつ関わることで、最終的には一人の人間を追い詰めるほどの力になる。
だからこそ、誰か一人だけを切り離して「この人が悪い」と考えるのも難しい。
本作が描いている怖さは、悪意を持った人間だけが炎上を起こすわけではないことだ。本人に悪気がなくても、自分の行動が次の誰かにつながれば、結果的に大きな被害を生むことがある。
「俺ではない」と言えるのは、泰介だけではない
この構造を踏まえると、『俺ではない炎上』というタイトルの意味も変わって見えてくる。
泰介にとって「俺ではない」は、身に覚えのない殺人の疑いを否定する言葉だ。しかし、この言葉は泰介だけのものではない。
炎上に関わった人間も、自分だけを見れば「自分が炎上させたわけではない」と考えられる。誰か一人にすべての責任があるわけではないからこそ、それぞれが自分の責任を小さく捉えてしまう。
そして泰介自身も、逃亡する中で家族との関係や、これまでの自分自身の振る舞いと向き合うことになる。
つまり本作は、単純に「犯人は誰なのか」を追うだけでは終わらない。事件の中で、それぞれが自分の立場から「自分は悪くない」と考えてしまう。
真犯人が特定され、泰介の無実が証明されたあとも、炎上に加わった人々の行動まで消えるわけではない。
だから最後に残るのは、「誰が一番悪かったのか」という答えだけではない。
もし自分がその場にいたら、どこで踏みとどまれたのか。
『俺ではない炎上』というタイトルは、泰介だけでなく、炎上に関わったすべての人間、そして見ている側にも向けられた言葉なのかもしれない。
総評:観るべきか迷っている方へ
序盤から一気に引き込まれ、事件の行方を追わせる展開には勢いがある。さらに、物語が進むにつれて本作が投げかける「自分は悪くない」という問いも興味深い。
ただ、そこから始まる問題提起をもう少し深く掘り下げてほしかった。題材の面白さは十分にあるだけに、あと一歩踏み込んでいれば、より印象に残る作品になっていたと思う。

「自分は悪くない」と思う気持ちこそ、この映画の一番怖いところかもしれない。
本作はAmazon Prime Videoで配信中です。
プライム会員は追加料金なしで視聴可能です。
※配信状況は変更される場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。

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